。。(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽) 。(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)で。(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)えー。(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)(音楽)。。。えー学術俯瞰講義えー情報が世界を変えるの今日が、第二回目になると思いますが始めたいと思います。えーこの講義 、えー最初に、この図を見せる約束になっております。えー情報が世界を変える、えーこれからお話しすることを 俯瞰的に見るとこういうことになって、えー色々なものがバラバラにあるように見える、えーそれを、まあ 情報の知という形でまとめる。でそれを、えー構造化することが重要だという話が 、えー、前回小宮山 先生から熱っぽく、あったと いう風に 思います。でえー今日から、えー私も含めまして、えー 四人、えーおよびゲストの先生方 、えー が、えー分担して、えー まあこの全体を話していきたいというふうに思っております。でまず私が、まあ情報基盤、えーまあ情報技術の歴史を中心にお話ししようと。でえー私の後に、えー須藤 、えー先生が、えーまあ社会 という立場で情報の話をされることになって ます。でまたそのあと、えー情報機械ということで佐藤先生佐藤先生、ロボットの専門でらっしゃいますが、えーまあ多分この辺の話を、えーされるんでしょう 。でそして最後に、えーゲスト、えーアートを 、えーされているゲスト のえー先生方を迎えて情報と アートのインターフェースという話になる。まあこういう、まあ全体像になっている訳であります。で僕は、まあ言わば、えー 、まあ少し、えー最近文化ということにも関心がありますのでそこに入ったようなまあ情報の技術を中心とした基盤部分と、まあ少し、えーその先という意味で文化の話 、えーその辺のことを、えー分担して、えーちょっと話したいと思ってます。で、ここでのですね、私があのこれから3回ばかり、えー今日と来週と再来週ですが、3回ばかり担当させていただきますが、えー基本的な考え方と言いますかテーマはこういうことでお話ししたいと思います。えー、今、情報技術が目覚ましい勢いで発展している。でそれはなぜなのか。まあ本当に今ドッグイヤーという形でですね、本当に目まぐるしいんですが、えーそれを、長い目で見ると、それは一体どういうことなのかということをお話ししたい。十年単位百年単位そして千年単位で考えてみようというそういうことでえーあります。まあ千年単位、と言うと、そんなことできるのかと、いうふうに お思いになるかもしれない。情報まさにドッグイヤーで進んでいるとんでもないスピードで、えー進んでいるものをですね、千年単位で考えるということが果たして可能なのかということですが、まあ、考えてみたら、情報技術そのものはですね、まあ、まだもう歴史があの あのある前 から、言葉というのもある意味で一つの、我々がコミュニケーションする情報の技術であるんです。でそのあと、えー紀元前三千五百年、えー今からもう五千五百年前になるんでしょうか、えー文字が発明され、えー、まあ、えーちょうどえーまあ、えー、二千数百年前に、紙が発明され、でその紙に活版印刷、活字で印刷をするというのがちょうど五百年、えーっと千四百 四十七年ですから、えーまあ五百 数十年前に出た。この辺全て 、情報技術 である訳ですね。で、まあこういう歴史の中で、えーちょうどグーテンベルグの活版印刷機と、えー五百年、ほぼ 五百年違いなんですが、えーコンピュータが発明されて、今や、情報の時代というふうに言われている 。まあこういうような歴史を情報技術は持っている訳です。もともともう 、あらゆる意味で人間という存在 は情報 があって初めて、えーまあ言葉も含めて情報があって 初めて成り立っているそういう存在ですから、まあある意味では 、人類と、の 歴史 と、情報の歴史はある意味で、そのまま 、えー対応するようなところがあるんですが、ただ、この講義3回あるとはいえ、これすべてお話ししていたんではとても終わらない。で、えーここではですね、まあ最近の、えー僕自身 大学は電子情報工学科というところにおりますので、まあ、そういう 、まあコンピュータの発明以降の情報の時代というものを中心に考える 。まあただ、それだけで見たんではやっぱり、あのー全体像は分かりませんから、そこを中心にして更に百年単位千年単位と、いうふうに、これから考えていこうというのが、えーこれからのテーマでえーあります。で、えー講義予定 3回分を予定しております。で、今日十月 十八日が、まあ還暦を過ぎたコンピュータその意味は後でお話しし ますが、えーまあ、十年単位で情報の歴史過去を眺めてみようというのが、まあある意味で、えー今日のテーマであります。で来週 、ゲストとして喜連川先生 、えー生産技術研究所今、えー国の大きなプロジェクトが走ってるんですがそれのトップ でらっしゃいます、喜連川 先生を迎えて、情報技術に今何が起きているかというふうのをですね、今の話を、百年単位で考えている、というのが、えー来週であります。そして、えーその次再来週に、えー、こういう 観点で情報を見てみよう。これ、もし、千年後の歴史家、まあ千年後に、人類が、存在してるかどうかっていう議論もあるんですが一応存在し 、あの存在していたとしてですね、千年後の歴史家は、今の、えーの時代コンピュータが生まれて以降のですねこの情報 の時代というのをどのように歴史書に書く だろうか。どういう文脈の中で書くだろうかと、それを、まあ 、ある意味でシミュレーションしてみようと。それによって、千年単位で、まあある意味で情報 の 未来という、情報技術を中心とする情報の未来を展望してみようと、まあそれが、えー3回目であります。まあその意味で、十年単位百年単位千年単位で、まあ情報を眺めてみようというのが、えー私のえー課題になっています。で今日は、そのうちの第1回目ということなんですが、最初にちょっと あのこういうようなですねちょっと問題設定をした、僕自身のちょっと問題意識、いくつかありました。えー、まあ僕自身、ずっとあのー、 やっぱり 情報のあのー歴史と一緒に60年間生きてきたような人間なんですが、その中でもですね、どうしてなんだろうっていうことがいくつかあった。その問題に対して自分なりに解答を出すことが、まあ、あのこの講義の僕の目的だというそういうことです。でそのそれのうちの一つは何かというと、急に 何か、たぶんたぶん 想像しなかった言葉が出てきたと思いますが、えー、鉄腕アトム。実は、えっと、鉄腕アトムっていう名前を知って、知らない人がいたら手を挙げてくれる 。初めて鉄腕アトムっていうのを初めて 聞いた。それはいないよね。読んだという、漫画読んだということがまあすすべてじゃなくても読んだことがあるっていう 、 読んだことです、読んだことがないっていう人は手を挙げてくれる。やっぱり結構やっぱりそうあでも 読ん 、じゃあ逆に読んだということがあるという人、 半々ぐらい 、かな。うん。で、実は 鉄腕アトム、千九百五十二年に『少年』という雑誌がありまして、多分ここにいらっしゃる藤原先生はご存知だと思いますが、えー、『少年』という雑誌、これ僕小学校入った時に、鉄腕アトムの連載が始まりました。小学校の時には、もう毎月一回の、えー『少年』買いに行くのが僕の楽しみだったと、いうそういう世代、いーだったんですが、その鉄腕アトム。二千三年四月七日に誕生というそういう設定になっているんですね。ところが、今二千七年十月、まだアトムは生まれてない。漫画で言うと、ここにアトムが座っててもおかしくない 、ですが、自分がロボットだっていう人いませんよね今ここにね。みんな 人間ですよね。にん、あロボットがいてもおかしくない のにそれが実現しなか、しない のはなぜかというそういう ことなんです。で、まちょっと、あのー自分自身ですねやっぱちゃちゃんと調べる必要があるだろうっていうので漫画を全部読み直してみました。それで何年に何が起きたかっていう漫画にどう書いてあるかというそういうことなんだけれども、それ見ると ですね、千九百七十四年に原子力による超小型電子計算機がまずできたって書いてあるんですね。で、そのあと、最初の電子脳が 、七十八年にできて人間型ロボットに装備され人造皮膚ができて、二千三年四月七日に鉄腕アトムができたというそういう 歴史も漫画にちゃんと書いてあります。第一巻に書いてあります。でこれを見ると最初ちょっと僕びっくりしました。この 千九百七十四年 、超小型電子計算機指の上に乗る 電子計算機ができたっていうんだけど、マイクロ プロセッサの誕生がほぼこの頃なんですね。まー、インテルの8008が七十二年、有名なのはインテルの8080 っていうマイ、マイクロプロセッサ 有名なんだけどこれがまさに七十四年なんです。その意味では手塚治虫、五十二年 頃にこういうことを、 えー予想したんだろうけれども、とんでもなく、 あのー、素晴らしいことだ。ところが、そのあと四年後に 最初の電子脳 が できた と 。 手塚治虫、小、コンピュータが小さくなればすぐ脳ができるんだ。人間の、 あー脳よりも ですね、コンピュータが小さくなればという風に思ったんでしょうね。でも残念ながら、今ここで止まってる、 訳です。これが一体なぜなんだと、いう 話 が、僕自身の問題意識としてある。それからもう一つ、別の問題意識ですが、これ諸君が生まれる 前だ と思いますが、千九百八十年代半ばにですね、コンピュータの分野で、日本はアメリカを追い越すのではないかと、いう風にそう言われた時代がありました。八十五年頃 ですね。で 当時、第五世代コンピュータプロジェクトというのが、走っていて。これ知らない人 ほとんどみんな知らないだろうね、知ってる人手挙げてくれる。いない。 先生ご存知ですよね。 第五世代コンピュータプロジェクトというのがあって、これで日本はアメリカを抜くんだと、でアメリカでも相当 騒がれた日本が抜くかもしれないという、騒がれたそういうプロジェクトなんですね。ところが、結果はどうかというと、逆に今アメリカに決定的な差をつけられている 。それは一体なぜなんだと、いうそういうこと です。で、まこういう問題意識を持ちながら、えー少しそのコンピュータの、えー まー 、何ていうか歴史というのを見てみよう。どこで、えーこういうことが起きてしまったのかという、そういうことです。で、今日の、えーテーマは、まずは十年単位で情報技術の進化を見てみようという、そういうこと おー、なんですが。えーここでちょっと自己紹介させてください。ま先程、もしかしたら何か紹介があるのかなと思ったけれども、多分ないだろうと思って自分でえー入れておきました。 えー私 、名前は原島博と申します。えーここに写ってる写真それほど古くないんだけれども、えー新宿の伊勢丹写真室で撮ったらこういう写真を撮られてえーしまいました。一応僕の一番真面目な写真になっています。で、えー今、えー、大学院の情報学環 、 というところが本部、あ本籍としております。その情報学環長も今日いらしていただいて吉見先生ですが、で、えー学部 の方は工学部の電子 情報工学科にえー属しています。で専門は、えー、これも後でちょっと あの言いますけれども、今コミュニケーション 工学が専門 。昔は通信工学が専門だと言ってたんだけれども、コミュニケーション工学が専門という風に言っています。と同時に、もしかしたらですね世の中では、えー東大で、人間の顔のことを研究している変な先生がいるらしい。日本顔学会っていう学会を作ったらしい、という 、うー、人がいまして、 ま 、それが、僕です。で最近だと、えーちょっと科学と芸術の融 合ということにも関心を持っている。まこれが自己紹介なんですが実は 言いたかったのはこういうことではなくて僕の生まれです。千九百四十五年九月十二日生まれ。えー、もう、 あの 還暦は過ぎています。で、一応ですね、今あの東大の中で、最年長 の教授 になって ます。最年長というのはどういう意味かというと、僕の一つ上の 先生方は、皆さん定年で、えー、この三月に、えー半年前にお辞めになった。で、僕が、そういうことで結果的に最年長になっていると、いうことなんですが、えーここで言いたいのは実はそうではなくて、さっき言った、ほぼコンピュータと同世代。さっき コンピュータ千九百四十六年生まれだという風に言いました。で僕が四十五年生まれでほぼ同世代で、えーずーっと一緒に、来ていると。で、まそういうことでちょっと僕自身の、あのーんまあ、ことも含めながら、コンピュータのちょっと六十年間の歴史を探ろうというのが今日の話で、えーあります。でコンピュータ 、えー千九百四十六年生まれ 、えーであります。えー昨年、えーま六十 歳還暦 六十歳とすれば、二千六年に還暦を迎えました。で四十六年、 えーENIACというコンピュータがペンシルバニア大学に で開発された真空管式です。でこれが最初とされ てるんですが、厳密に言うとですね もちろん、ある日突然にコンピュータが出来上がったという訳ではなくて
When you find recognition errors, you can contribute by correcting some of them and press "save" for sharing with other users.
You can also confirm that a speech recognition result is correct by pressing `o' on it.
Corrected (Blue indicates that an error was corrected)
Confirmed (Green indicates that a speech recognition result was confirmed to be correct)
Degree of speech-recognition reliability (Red indicates that a speech recognition result might include an error)
Comment